公開シンポジウム

公開シンポジウム案内

民俗学とは何か―京都で考える民俗学のかたち―

趣旨:
民俗学とは、17世紀のヴィーコ(Giambattista Vico, 1668-1744)に発し、18・19世紀の対啓蒙主義、対覇権主義の社会的文脈の中で、ヘルダー(Johann Gottfried von Herder, 1744-1803)、グリム兄弟(Jacob Ludwig Karl Grimm, 1785-1863, Wilhelm Karl Grimm, 1786-1859)によって強力に推進された文献学と、メーザー(Justus Möser, 1720-1794)による郷土社会研究が合流することで形成され、その後、世界各地に拡散し、それぞれの地において独自に発展したディシプリンで、覇権、普遍、中心、主流とされる社会的位相とは異なる次元で展開する人間の生を、前者と後者の関係性を含めて内在的に理解することにより、前者の基準によって形成された知識体系を相対化し、超克する知見を生み出す学問である。
この学問が、日本に導入され、主として柳田國男のリードのもとに体系化と組織化が開始されてからすでに100年以上の歳月が経過している。この間、さまざまなスタイルの民俗学研究が生み出され、今日に至っているが、その過程で、民俗学とは何か、何が民俗学なのかについての共通理解が曖昧となり、そのため、たとえば個別には優れた研究が多く生み出されていても、研究者間でそれぞれの研究の位置付けができず、学問全体としての力が発揮されないという事態も発生するようになっている。
本シンポジウムでは、こうした状況を乗り越えるべく、あらためて民俗学の多様な姿と確保すべき一貫した視点について検証し、現代における民俗学という学問の全体像―民俗学のかたち―を描き出す。
いまから19年前、今回のシンポジウム会場と同じ京都・佛教大学にて開催の日本民俗学会第50回年会シンポジウムで話題とされた「落日の中の日本民俗学」なるものは、本シンポジウムをもって、完全に過去のものとなり、民俗学は理論的かつ実践的に強力に体系化され、同時に学際的にも開かれたディシプリンとして再生することになる。(島村恭則)

日時:2017年10月14日(土) 13:00-16:30
会場:佛教大学紫野キャンパス

プログラム
司会・趣旨説明:橋本章(京都文化博物館)
基調報告:島村恭則(関西学院大学)「民俗学とは何か」
報告1:野口憲一(日本大学)「科学技術・生世界・民俗学」
報告2:村上紀夫(奈良大学)「歴史民俗学と現代民俗学」
報告3:真鍋昌賢(北九州市立大学)「文学・芸能・メディア研究と現代民俗学」
コメント1:村上忠喜(京都市歴史資料館)「実践現場からの応答」
コメント2:周星(愛知大学)「中国民俗学からの応答」

 なお、報告・コメントの題目は、実行委員会から各報告者、コメンテーターに依頼中の仮題です。

プレシンポジウム

「山・鉾・屋台行事」の意味論/政治論
―京都で考える民俗学のかたち―


 昨年暮、33件の重要無形民俗文化財が「山・鉾・屋台行事」としてまとめられ、ユネスコ無形文化遺産の代表一覧表へ記載されることが決定した。京都祇園祭の山鉾行事,高山祭の屋台行事,博多祇園山笠行事など,いずれも大規模かつ相応の歴史的な深度を有する大規模な都市祭礼である。これらの祭礼は、十万人以上の人々が直接その執行に関与するとともに、観覧する参加者は国の内外より毎年約1000万人以上にのぼる。また今回の登録は国指定にかかる33件だけであるが、国内には推定1300件を超える山・鉾・屋台が登場する祭礼がある。それらの多くは、地域における結衆の場であり、文化財としての保存の対象であり、地域産業の見本市であり、そして地域権力が投影される対象でもある。
 第69回年次研究大会のテーマは「民俗学とは何か―京都で考える民俗学のかたち―」と題して、一見拡散しているかのように見える民俗学研究の多様な姿と確保すべき一貫した視点について検証し、現代における民俗学という学問の全体像―民俗学のかたち―を描き出すことを目的として掲げている。プレシンポジウムは、本シンポジウムへつなげる役割が課される。プレシンポジウムでは、誰もが民俗学の研究テーマであると認める山・鉾・屋台行事を素材に、意味論的地平と政治論的地平のふたつの視点から分析し、民俗学の古典的素材を現代の民俗学のテーマとしてどのように描き出せるかを試みる。


日時:2017年7月30日(日)13:30~17:00
会場:佛教大学二条キャンパス(京都市中京区西ノ京東栂尾町7)
   京都市営地下鉄東西線二条駅・JR山陰線二条駅下車すぐ
13:00 開場
13:30 開会
      ごあいさつ 芳井敬郎(京都民俗学会会長)
13:35 趣旨説明 村上忠喜(京都市歴史資料館)

パネリスト報告
13:55 菊池健策(東京文化財研究所)
 「山・鉾・屋台行事の指定とはなにか」
 無形の文化財の指定は、有形の文化財の指定とは異なり指定されたものを明確に特定できないのではないかと考えられる。例えば「鹿沼今宮神社祭の屋台行事」を見てみると屋台行事は縁故祭から始まると記され、その後のブッツケなどの行事を経て例祭当日の朝宮参り、町内曳き回し、屋台繰り込み、報告祭、繰り出し等が行われることがあげられている。これらは行事名称であり、行事内容ではない。指定の山・鉾・屋台行事においては行事をどう行うのかについては例示されていないことが多い。
 山・鉾・屋台行事のような無形の民俗文化財にあっては有形の文化財のように保護すべき対象は厳密ではないと考えられる。そのような条件の中で緩やかな枠組みで保護がはかられているといえるだろう。現在進行形である祭り・行事を保護していくとき対象の実態に合わせて作り出された仕組みといえよう。
 今回のプレシンポジウムでは山・鉾・屋台の行事の指定と保護について現状から見えることについて提示したい。

14:15 福間裕爾(福岡市博物館)
 「山笠から日本民俗学の可能性を観る ―北部九州の人形山分布を中心に―」
 九州の山鉾屋台行事のユネスコ無形文化遺産登録を記念するイベントが「祭 WITH THE KYUSHU」と銘打って5月13日、14日に福岡市で開催された。登録された「博多祇園山笠行事」(福岡県福岡市)、「戸畑祇園大山笠行事」(福岡県北九州市)、「唐津くんちの曳山行事」(佐賀県唐津市)、「八代妙見祭の神幸行事」(熊本県八代市)「日田祇園の曳山行事」(大分県日田市)の山鉾屋台が市中心部に勢ぞろいして、市役所周辺を巡行するものであった。いずれも、多彩で独特な行事であり、普段は一堂に会することがない山鉾屋台が集まったということで、珍しい事と人々の耳目を集めた。
 あまり知られていないことだが、イベントに集った山鉾屋台を総体で眺めると、それぞれの個性的な在りようのなかに、何らかの繋がりが浮かび上がってくる。今回の報告では、登録された山鉾屋台だけに対象を限定せず、北部九州の人形飾りを施した山鉾屋台群に拡げたうえで、特に博多を中心とする山笠分布とその相関を考える。そこから導き出されたものが、伝播や文化圏などの概念や、日本民俗学の「都鄙連続論」・「周圏論」などの再検討に繋げることができるか、可能性を検証してみたい。また、最近のメディアとの関係から、私が「電承」と名づけたテレビによる遠隔地伝承の事例も紹介する。

14:35 岡田浩樹(神戸大学)
 「飛騨高山祭のマエ、イマ、サキーザイとマチ、タビの関係に注目して」
 今年(2017年)の春、ゴールデンウィークが始まる4月29日と30日、ユネスコ無形文化財遺産登録記念行事として、岐阜県高山市で「高山祭屋台の総引き揃え」が行われた。屋台の総曳き揃えは55年ぶり、春と秋の祭り屋台が一堂に会するという大きなイベントである。これは通称「春の高山祭」である日枝神社例祭が4月14日、15日に行われたわずか半月後の事であった。今年の春の例祭には21万2,000人、この記念行事には25万7,000人の観客が集まった。観衆には、都市部のみならず他の地域からの高齢者の団体、そして多くの外国人観光客の姿が見られた。高山祭り屋台のユネスコの無形文化遺産登録を契機とした「異例の」総引き揃えは、高山祭の継承の再認識と伝統の維持と発展という機運をもたらし、成功裏に終わったとされる。
 本報告の目的は、この飛騨高山祭の屋台行事を事例とし、これを「ザイ・マチ・タビ、マエ・イマ・サキ」という視点から、高山祭屋台行事の意味論的・存在論的検討を行うことで、民俗学(文化人類学)の抱える問題点について問題提起をすることにある。 本報告の主要な論点は二つある。(1)地域研究と民俗(文化)研究の「曖昧性」もしくはオルタナティビティ、(2)モノ(屋台)が作り出すコト「民俗」(文化)とヒトビトの問題である。
(1)高山祭の屋台行事、そして祭礼には、それを成立させるコミュニティ(マチ)、地域社会(マチとザイ)そして、これを取り巻くより広い社会・文化的空間(タビ:都市、日本社会、グローバル空間)があり、相互の境界や関係性は変遷を重ねてきた。同事に今回のユネスコ文化遺産登録は、おそらく長い歴史の中でこれまでに幾度となく起きてきた境界拡張の変化のひとつである。一方でそれぞれの時点(マエ、イマ、サキ)で、これを確かな「しきたり」、「伝統」にしようとする人々の営みがある。これを過大評価することも過小評価することも適切ではないだけでなく、これを研究者が捉えようとした場合、その立場、視点、関与のあり方が問われてくる。民俗学の曖昧さと強みは、現地の人々の視点と軸とした地域研究、俯瞰性や一般化を志向する民俗(文化)研究という本来は両立し得ない足場に両足を置くことに起因するという問題を提起する。
(2)現地のヒトビトがいるから屋台行事(コト)が行われる、というのは一見、当たり前の見方である。しかし屋台行事ではなく、屋台そのものに目を向けると、屋台(モノ)があるから行事(コト)が行われるだけでなく、「現地のヒトビト」を作り出している。むしろ屋台行事にしか高山のマチのヒトビトは存在せず、つまり、モノがもたらすコトにのみ、ヒトビトが表出する。ユネスコの文化遺産指定はかつて文化財指定が喚起した問題、人間中心主義の民俗学あるいは人間不在の物質文化研究の問題を顕在化させ、モノとコトとヒトビトのフェテッシュな相互侵犯関係をいかに民俗学において考えるかの問題を提起する。

14:55 橋本章(京都文化博物館)
 「戦略としての祇園祭と京都」
 京都の祇園祭は日本における都市祭礼の先駆けとして認知され、山鉾屋台が登場する祭礼の源泉と広く意識されている。しかし、日本国内にある1300を超える山鉾屋台が登場する祭礼のなかで、祇園祭型の山鉾を有するのは皆無と言って良い。にもかかわらず、祇園祭は全国の山鉾屋台行事の中で無視できない存在感を持つに至った。ユネスコの無形文化遺産への登録は、当初単独であった京都の祇園祭山鉾行事が33の山鉾屋台行事の中に包摂されることで、京都にとっては埋没する危険性を孕むものであったが、33の山鉾屋台行事を統べる概念を設定するためには、京都祇園祭の特性(都市祭礼・疫神信仰・依り代論の根源としての鉾・各地の山鉾屋台行事が京都からの伝播という伝承等)が不可欠であり、そのことは逆に日本における祇園祭の存在感をさらに強く打ち出せる素地を得たように思われる。
 過去、祇園祭は幾度となく存続の危機(祭礼全体レベルから各山鉾レベルまで)の直面しその都度対策を講じて現在にまで受け継がれてきた。そこには都市祭礼ならでは、そして京都ならではの戦略があった。本報告では、近世末期から現代までの状況を中心に祇園祭がその存亡を懸けて展開した戦略を逐次紹介し、民俗学がとらえるべき祇園祭の様態について報告する。

15:15-15:30 休憩

15:30 コメント 俵木 悟 (成城大学)
15:45 全体討論 司会進行:島村恭則(関西学院大学)・村上忠喜

17:00 閉会

共催:京都民俗学会

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